般若心経 無眼耳鼻舌身意(むげんにびぜつしんい)

坐禅・禅・瞑想

般若心経のお経の中に在る言葉なのですが、「無眼耳鼻舌身意」ですが、どんな意味があるのかな?!
という事が大きいかなと思います。

人間の目、耳、鼻、舌、身体と言う感覚器官、存在がある、と言うことですが、この存在自体は実はどれも確実なものでは無くて全ての感覚器官を信じきるものでも無い、そこに意思もなくて、只あると言う事があるだけ、という事を理解すれば良いのかなと思う。

このお経の内容の後に、「無色声香味触法」のお経にも繋がっていると思いますが、各感覚器官に意思があったら、各感覚器官が勝手に反応してしまうということに繋がっていくので、反応しているのは、目では無くて目から入った情報を元に、人間の各器官が反応していって、反応していった結果、目を閉じて瞬きしたりするという事なのですよね。

この真理がわかると、実は器官に実態がないんだ、何も意思が無いのだと言うところから、無に繋がって行くという部分にも繋がっていくのだと思います。

真理とは真の姿なのですが、例えば、目の真の姿は「目の中に見ているものが網膜に映し出されているだけ」 という事です。

この真理を知ることができれば、それぞれの器官の実態の意味がわかり、自分の心の実態もわかり始めると思います。

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